大木町商工会公式 おおき情報サイト
田園風景の広がる町の一角に、その会社はありました。
工場で生産しているのは、自社オリジナル企画の藍染め製品。天然染料を使い、手仕事で丁寧に染め上げる生地は一つとして同じものはなく、やわらかな風合いとやさしい着心地で、手にする人を魅了します。
藍染めの産地でもない大木町にあって、その名の通り宝物のような染物の数々を創り出す「宝島染工」。ここに世界中からクリエイターが集い、オリジナルの藍染めテキスタイルから衣服、服飾雑貨など、様々なモノを発信しています。
手書きからデジタルへの移行期に青春時代を過ごし
藍染めの魅力に惹き込まれ故郷で自社ブランドを設立。
大木町で生まれ育った代表の大籠千春さん。子どもの頃から好きだったデザインの勉強をしたいと、デザイン科のある高校へ進学しました。折しも時代はデジタル化の波が押し寄せ、これまで手書きで行なっていたデザインがデジタルの作業へと移行していく端境期。誰もがデジタルへパソコンへと向かっていた変革期に、大籠さんはひとり、大きく変わることに良いイメージが持てず、そこに価値を見出せなかったといいます。その後、専門性を高めようと九州造形短大へ進学。染色に興味を持ち、卒業後には福岡県内の藍染めに特化した服飾メーカーに就職します。そこで4年間、染めの仕事に従事し、やればやるほどその深さを感じ、藍染めの魅力にとりこまれる一方、違和感と行き詰まりも同時に感じるようになりました。
「藍染めの技術は伝統工芸士の技術に準ずるものです。こんなに素晴らしいものなのにやりたくても雇用がなく、ニーズはあっても商品は限定的で高額。それなのに業界が潤っている様子もない。これだけ愛好者がいるのになぜなんだろう、といつももどかしく思っていました。このまま藍染めという仕事がなくなってしまうような焦燥感や、作る現場と販売現場の温度差なども感じていました。それらすべてを含めて、自分が理想の形を作り上げたいと思ったのが全ての始まりでした。」と、語る大籠さん。
一つの工場に長くいると考えが限定的になってしまうと感じ、その後は、
経験を積むため古典的な染め方を継承している工房を転々と渡り歩きました。そして、たどり着いたのは、デニム生地で名高い岡山。しかし、そこで目の当たりにしたのは、ひしめき合う藍染め工場の数々でした。これだけ競合する企業がある中、とても新規参入で新しいことをやれるとは、大籠さんには思えませんでした。
企業として新規参入するなら、場所にこだわらず、空港に近い場所で、Wi-fiが整っていればできるのではないか? ただし、染めの作業をするには、排水の問題をクリアにしなければなりません。というのも、藍染めには、布を染めるために使った水を処理する排水マス(22〜23tのプール)が不可欠だからです。そのためには、近隣住人の理解も必要。それならば、自分のことをよく知る人がたくさんいる生まれ育った故郷で起業するのが一番だと、思い当たったのでした。
そのため、大木町の実家に戻った大籠さんが最初に考えたのは、地元での理解を得るために、排水の問題を解決すること。たどり着いた答えは、排水しやすいよう天然染料に特化するということでした。
「作ることは、捨てることとセットです。排水のことを考えない作り方はできないと思ったんです。」
まずは、排水の中に含まれるゴミを調べるため、水のデータを細かく取り、その上で排水設備を整備。近隣の理解を得るため、一般的な排水基準よりもさらに自己基準を高く厳しく設定しました。幸い、近所の人たちは子どもの頃から知っている馴染みの人ばかり。大籠さんの熱意が伝わり、この新しい取り組みは快く受け入れてもらえ、家族の協力も得て、「宝島染工」はスタートを切ることになったのです。
同社は、主にアパレルブランド向けに洋服や服飾雑貨を製作するOEMで商品作りをスタート。しかし、続々と台頭してくる安価なファストファッションには、価格ではとても太刀打ちできません。それなら、そうしたものに満足できない人たちを満足させられる独自のものを作ればいい、と発想を転換。生地作りと縫製を国内の信頼できる会社に依頼し、それ以外は全て自社で作る中量生産にこだわりました。
そんなふうに、大籠さんはしなやかな藍染めの布のように柔軟に発想を転換して、一つ、また一つと壁をクリアしていったのでした。
あれから約20年。現在、スタッフは20代〜70代まで計13人にまで増えました。20代〜30代が8名という、半分以上が若い世代。デザイン全般を大籠さんが担当していますが、様々な世代が行き来する風通しの良い会社は、理想的なクリエイティブ空間となっています。
シャツやワンピース、天然染料を使い自社で手染めし
求めやすい価格で完成したオリジナル商品たち。
OEMで企業の要望に応えた商品を作る一方、同社ではオリジナル企画の服も展開しています。
宝島染工の定番商品は着心地の良いシャツが中心です。目指したのは、「ジェンダーレスでボーダーレスな服」。年齢、性別、体型などで着る人を選ばないシンプルでスタンダードなデザインです。
オリジナルの生地とボタン、パターンを使い、サイズは女性用で1(大きめ9号)、2(11〜13号)の2展開、男性用まで含めて5サイズ展開。いずれは世界標準のサイズ展開にしたいと考えています。
カラーは藍染めのブルー系をはじめ、青からグレーへのグラデーションが並ぶようなニュアンスある展開。生地作りと縫製のみ国内の信頼できる会社に依頼し、それ以外は天然染料を使って職人が手染めし、全て自社で作り上げているのです。一言で「青」といっても、こんなにたくさんの色があるのかと、そのバリエーションの繊細さにため息が出るほど。
また、品質を落とさずに人件費を確保し、かつ商品単価を下げるために、原価の維持管理を徹底。例えば、質の高い国内縫製の人件費を確保するために、染料は純度が高く量産しやすいインドから輸入することに。コストを抑えると同時に、インドの良質な染料とそこで働く人々の労働環境を守り、「染め」を残していきたいという社会活動の一環でもあります。
そうした努力が実を結び、同社の商品は高品質を保ちつつ、シャツなら2〜3万円、ワンピースが25000円くらいという求めやすい価格が実現しました。
新ブランド「-thus-」とともに注目したい
倉庫を兼ねたショップが2020年1月にオープン。
藍染めの可能性をもっと広げて、手の届かない芸術ではなく消費者が手に取りやすいビジネスとして確立したいー。
初めて藍染めの魅力に触れて以来、彼女の夢を支えてきたのは、いつも既存の壁に疑問を投げかけそれを打ち破ろうとする反骨精神だった、と大籠さんは歩んできた20年を振り返って静かに笑います。
そんな彼女が、次のステージに見定めたのは、自社のオリジナル商品を展示販売する店舗を持つこと。これまでは各地のセレクトショップや、イベント催事で不定期に販売してきたましたが、商品が増え物理的に保管しきれなくなったため、倉庫が必要になり、それなら倉庫兼店舗を作ってしまおうと考えたのでした。その名も「宝島倉庫」。
2020年1月にオープンした「宝島倉庫」は、月3日程度、不定期でオープンするお店です。天然染料の良さを伝える藍染め製品がズラリと並び、そこを訪ねれば同社の世界観に触れられるというわけです。オープン日はHPやSNSで随時発信していきます。
「ネット通販が当たり前になってきた現代でも、実店舗でなければわからない感覚ってあると思うんです。店に入っていく高揚感や、様々なものを自分の目で見て比較検討でき、専門のスタッフに相談もできる、それらライブ感を伴うすべてを楽しんでもらいたいですね。田舎だからこそできる豊かさがあると思うので、ディスプレイにはこだわりますよ」。
また、2019年9月には、化学繊維と化学染料で商品を展開する新ブランド「-thus-(サス)」も設立。軽くて撥水の良い化学繊維ならではの特性を生かしたレインコートやスプリングコートとしても着られるワンピースなどを展開し、機能性を備えた着方を提案。手仕事としての染めの新たな可能性を拓いています。
「-thus-(サス)」とともに、藍染めの服から雑貨までが宝島倉庫に勢ぞろいし、まさにそこは宝の山のよう。福岡市内からなら車で1時間程度。新たな一着に出会うため、ドライブがてら出かけてみましょうか。
(取材日2020年12月23日)
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